2009年1月4日日曜日

ミャンマー・マンダレー 列車童貞のマンダレー道程



東南アジアでは恥ずかしながら列車童貞だった僕。ここミャンマーでついに初体験を迎えた。ミャンマーの車窓から。そう車窓からミャンマーの朝日が限りなく一面に広がる田園をオレンジ色に染めて、俺の体の中に冷たい風と入り混じって浸透してくる。雑な音色のガタンゴトン。街の公園にあるようなただのベンチを置いたような客席。15時間の間に俺の腰は何回も砕け、そのたびに景色に助けられた。列車がとまるごとに売り子さんがズラズラと列車のなかに入り込んでくる。初体験のれっしょの中で食ったぶっかけ弁当。ただぶっかけてあるだけの弁当がシンプルでうまい。








同じファミリー席の向かいに座っていた迷彩服着た顔が怖い顔怖おじさんが教えてくれた途中の駅。今止まっている場所が「ネーピードー」だって。2006年10月にミャンマーの新しい首都になった場所だ。村から町、そして都市になるって流れの過程は正確に言えば自然じゃないが、それは自然な流れ。でもここは何もないような無から一気に都市を作ってるようだった。おじさん曰く、政治施設がたくさんあるって。写真撮るのも少し怖かったから数枚にしといた。






夜中。マンダレー到着。ヤンゴンに続くミャンマー第二の都市。ここにはさまざまな寺院がある。次の日、「サイカー」という自転車の横に乱暴にサイドシートをつけた乗り物サイカーを1日チャーターしてマンダレー市街を周る。ほっんとにミャンマーには多くの仏塔やモネストリーがありまくって『ビルマの竪琴』にでてきたみたいなオレンジ色の袈裟着たおぼうさんをいたるところで見かける。それだけ仏教に通じ、信仰の深い人達。日常生活になくてはならないものになってる。路上には流行の音楽CDや映画やAVのDVDと一緒にお坊さんの説法DVDが売られてる。浜崎あゆみのポスターの横にお坊さんカレンダーが売ってる。若い子もそれどれにしようか迷ってるからね。うーむおそるべし。







てかさ、てか、ちょっと自慢しますね。実は僕なぜかここミャンマーでモテるんです。どこ行っても女の子に声かけられるし、それでいて「YOU ARE BEAUTIFUL」とか言われる。ゲストハウスでかっこいい日本人がいるってうわさ聞き付けてミャンマーの女の子が5人くらい俺待ちしてたこともあった。こんなこと、こんなこと初めてなんで、僕、、、涙。どうやら人生で3回あるといわれいてるモテ期をここミャンマーで迎えたようだ。てか気になって聞いてみたら「ロバ」って言うミャンマーヒップホップアーティストに似てるんだって。かなりネーミングには引っかかるけどありがとうヒップホップ。そういえばカンボジアでも「サブミダラ」っていう歌手に似てるってたくさん言われた。そういうつもりはないけど、東南アジア顔なのかな。






夕方、マンダレー市街を一望できる丘で夕日を眺めた。丘を登るとき、飯食ってるとき、夕日を見てるとき、どこにいてもミャンマーの人は話しかけてくる。女の子に限らず(若干調子のってる)。そしてガイドもしてくれる。別に後から金くれだなんて言ってこない。きっと外国人と話したいだけなんだろうな。半鎖国状態みたいな国。外国人は入ったらいけない地域がたくさんある。インターネットも中国以上に検閲されてるだろう。メールできない場所もたくさんあるらしい。軍事国家。イギリスの植民地だったものの建物以外は日本みたいに西洋文化にかきみだされてない。独自だからこそ興味がわき、このミャンマー人のやさしさってやつは独自のものなんだろう。軍事国家。西洋的な主流の考え方で言ったら「悪」なんだろうけど、こうやってかけ入ってみると悪とは正反対。政府とかかわってないからそれは関係ないか。うん,でもどうなんだろう。お坊さんと話しすると政府の文句言ってるし、やっぱり自由が制限されてて今の世の中じゃ無理が生じてる。いったいどうなるこの国は!じゃす!



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