2008年12月4日木曜日

ベトナム・ホイアン ベトナムツーリシスイズム





はい、またやりました、2、3日でベトナムへ戻るつもりが、DONDETがいい場所すぎて長居してしまいました。でも後悔なんてしてません、てかもっといたいくらいだった。DONDETはそういうところだった。でも僕は日本人。ビザってやつがあるんです。国同士には決まりがあるんです。ラオスビザもノービザの場合は15日滞在可能。ってやばいじゃん!オレ急げ!!








ワット・プーがあるチャムパサックって村からボートで車ごとメコン川を渡る。そっからまずパクセ。バスターミナル探してサワンナケート。一泊したいなって思ってたけど、ちょうどすぐ出発のバスがあったのでそのままフエへ。国境付近、バスの中で一泊してイミグレ抜けてベトナム入って、ドンハ、そしてフエ到着。文章もなんだか急いでます。








ラオスのイミグレでたまたま中国の昆明で一回だけ一緒にご飯食べた人にあった。あの後、一回日本へ帰った後また東南アジアへ来ちゃったらしい。ビエンチャンからフエに行くバスの途中だという。超偶然。こんな国境で。しかもこんな時間早朝。それからなんだかんだ話してたら、なんとこの人バスに置いてかれてしまった。こういうことってあるんだね。ローカルバスこえぇ。荷物は乗せてなかったってことでほんとによかった。それでベトナムドンも持ってなく、近くにATMも銀行もないってことでお金を貸してあげて、オレが乗ってきたバスに一緒に乗ってフエを目指した。困ったときはお互い様ってことで、こんなとこで会ったのも何かの縁ですしね。そしてフエ。そしてフエに着いたらこの人にご飯をご馳走になった。あざーっす!








フエに2泊。急げ、サイゴンへ。ベトナムのツーリストバスはかなり発達しててハノイ・サイゴン間途中の観光スポットでストップオーバーできるんだ。普通はそれでいろんなとこ行くんだろうけど、時間もないのでホイアンでストップ。しかも泊まらないで6時間くらいストップした。








ホイアンは雨。世界遺産になってる旧市街は中国のそれに似てるけど色が違う。色は黄色だ。そこでウォーキング。雨降ってるなんてついてないけど、なんだか雨に似合う街だ。






それにしてもこのベトナム、観光業が発達しすぎてる。モンゴル、中国と来てベトナム、初めて入ったときなんか少し戸惑ったんです。列車乗りたいのに列車よりツーリストバスの方が大幅に安いし、どの観光場所へも好きなときに簡単に行けちゃう。シンカフェやキムカフェといったでっかいツアー会社が連ねる。そして何より戸惑ったのが、ベトナムは縦に長い国なので、行く場所が限られてしまっているってこと。今ハノイにいます、じゃあ次はフエに行くんですね、そして次はホイアン、ニャチャンですねってかんじでだいたいルートも決まっちゃってる。中国、モンゴルはそんなことなかった。網目状で無限だった。だからちょこっと好奇心削られるってかなんだかね。ハノイ以降はそんなことをかんじていました。なんだか修学旅行みたいでいいけどさ。ハノイ以降時間もなくてローカル使わなかったからかな。まあでも便利が一番。ツーリズムの力を利用してやりましょう。最近の頭くらくら病こわいし、シンカフェサンクスってことで。しゃーす!

2008年12月1日月曜日

ラオス・ワットプー ぷー

ワットプーだかワットポーだかどっちだか、そうさここはワット・プー!ちなみにタイにあるのがワット・ポー。ここは世界遺産ワット・プー。ワールドヘリテイジ、ワット・プー。クメール族が築き上げた遺跡。あのアンコールワットのお母さん的存在。つーかぁアンコールワットよりぜんぜんたいしたことないよーとか旅行者みんな言うねん。そんなこと言わないでー。行く前にそんなこと言ったらさめるじゃん。あたいアンコールワットすら行った事ないんだから、ぷー。ワット・ぷー。








DONDETから今にも壊れそうな壊れかけのボートでバンナカサンで戻り、そこから乗合バスでパクセ近くまで行き、そこから今度は今にも直りそうな直りかけのボートでチャムパサックという村まで行く。てか、DONDETから続く頭くらくら病。尋常じゃないぜ。








早朝DONDETをでたので昼ころチャムパサックの宿に着き、宿に着いたよりも早く支度を済ませてチャリンコを借りて飛び出る。目指すはワット・プー遺産。約10キロ先。待ってろ遺跡ってこれねぇ、せっかく急いで出てきたのに何回も自転車のチェーンが外れやがんの。そのたんびに直して、オレもう手真っ黒汗びっしょり。5キロくらいまでは普通に行けてたんだけど、全部で10キロ残り5キロ地点から10mも進まずにチェーンが外れるルーティーン。くそー、なんやねん。そおときそのとき、汗びっしょりのオレをみて、こっちこーい!って言って、現地の人がチャリ直すの手伝ってくれる。リアル10mごとの家にお世話になった。田舎で家もまばらだったもんだから、つまりは5キロ地点でのほとんどの家でお世話になっっている始末。ほんとにコープチャイライライ(ラオ語でどうもありがとう)。結局、チェーンの一部が欠けてしまっているのが原因でいくらチェーンをはめなおしてもすぐに外れちゃうことがわかって帰りかけてた帰り道、道につったってったひとりのおねえちゃんが修理屋のおじさんのとこつれてってくれた。そこでチェーンを継ぎ足して直して、チャリは完全に復活。このおじさんも汗びっしょりで手真っ黒にしてくれて直してくれた。ほんとにコープチャイライライ!!!








時間がない急げ!猛ダッシュ!『三つ目がとおる』大好きだったからさ、遺跡ってどんなんよ!って胸ふくらます。よっしゃこげ!だー!おーっし、着いた!ちょうど夕日でオレンジ懸かっててそこは神々しい光景だった。








てか遺跡ってくさいんだね。ギザすめる!このにおいは当時のにおいなのかな、クメール族さんのにをい。なんかにおいで敵を撃退すんのかも。俺撃退されたかも。だから頭くらくらなのかも。アンコールワットに比べたら小さすぎてダメよって聞いてたけど、涼しくて丘にあるため見晴らしもよく、一日ゆっくり過ごしてもいい場所かもしれない。まあ次に目指すアンコールワットのさわりとして。








帰り、チャリで帰るオレをメコンの夕日が照らす。ここでもDONDETと同じで現地の人がサバイディーってあいさつしてくれる。はいサバイディー。同じ道一本道を走っていた少年とスピード勝負。少年のかっけーチャリの勝ち。グッバイ少年。メコンの夕日が2人を照らす。DONDETで観たメコンの夕日の影響でオレにとってメコンの夕日は特別なものになってる。目にやきつくオレンジの光。メコンの夕日。

ラオス・デット島 メコン川の夕日




パクセでの一件を引きずりつつ、俺は進む。せっかくラオスに入ったもんだから、中国麗江でショウジ君が薦めてくれたDON DETという島。ここに行ってみようと。てか内陸国のラオスでなぜ島かって?実はこの島、幅の広いメコン川の中州の島なんです。中州って言っても福岡にあるようなえっちーとこじゃ決してなく、電気通ってないような、夜は星空マン天なそんなところ。そして実は僕、メコン川童貞でもあって、ずっと楽しみだったメコン川なんすよ。夕日がきれいとかそんなん良く聞くけど、、、うわぁお楽しみぃ。








乗り合いトラックを乗りあいいついでに乗り継ぎ、パクセから5時間ほどでメコン川の沿いのBANNAKASAN(バンナカサン)という小さい村についた。うわぁお、そこにはメコン川!なんで感動すんだろうな、これ、メコン川。めっちゃ茶色。でかー。すごー。ってそんな感想ばっかなんだけどなんだか感動するんです、この川。きっと力持ってるんだろうね。








バンナカサンからボートで中州の島DON DETを目指す。めっちゃ細いボートで今にも落ちそうで、っていうか荷物とか完全ぬれてたからね。そんでもって着く、島!びしょってます。島について宿を探す。パクセの情報ノートにSANTIPHABっていう宿がいいって聞いてたから探してると、偶然その宿のママに会って連れて行ってもらった。そしてこの宿、すごいんです。部屋はシングルで、メコン川ギリギリにある高床式のバンガローに泊まるんです。そこにハンモックがかけてあってさ。ゆったりと時間がながれてる場所。








そこで、ハノイでの風邪、パクセでのひとりMCバトルの一件含め、そしてなんと旅も半分終わったということで、心機一転リフレッシュがてらゆったり過ごしました。ハンモックにゆらゆらゆられながら日本から持ってきた「フラニーとゾーイー」を読み漁る。それにあきたら散歩する。このDONDET、歩いて一周2時間くらいの大きさ。島を歩いてると現地の人がサバイディー(ラオ語でこんにちわ)って言ってくる。そしてオレもサバイディーって返す。欧米人も調子乗ってオレに向かってサバイディー。もちろんオレも調子乗って初日からサバイディー連発してた。だけどはじめはうる覚えで「サバディドゥ」とか言ってた。そんなあほオレにもサバイディーって返してくれたこの島のひとたちはほんとに笑顔でやさしさが伝わってくる。ただのあいさつだけど、心温まるっていうか、こういうのってずっとあり続けてほしい光景だ。









そして3日目くらいに、同じ宿に泊まっていた日本人の人2人に話かけられた。なんだか旅っぽくないご様子、聞いてみるとこの人たちはここに散骨のために来たのだという。亡くなったのはバンドの先輩でその方からの遺言でここに来たらしい。忙しい方で時間を見つけてはここDONDETを訪れ、こころを洗っていたんだって。その人が大好きだったメコン川の夕日を見ながらメコン川に散骨した。その瞬間、2人目から涙があふれ出た。もう20年くらいバンドとして付き合いのあった先輩。バンドっていうのは家族だったとおっしゃっていた。ドラマよりもリアルのほうがやっぱりドラマティックだ。








結局この人たちと話すのがおもしろく、ここに9泊もしてしまった。もっと1番の理由はオレもこの場所が大好きになったから!また行きたい場所のひとつになった。メコン川の夕日、ビジュアルももちろんきれいだけど、もっとなにか見えないなにかがすごくきれいだった。それがメコン川の力の魅力なのかもしれない。